おとといの日経記事です。
投信コストに尽きぬ疑問 どんぶり勘定に終止符を
(https://www.nikkei.com/article/DGXMZO63296510R00C20A9000000/)
有料会員限定記事になっているので引用はしませんが、主張は概ねこんなところです。
・インデックスファンドの手数料は下がったのに、アクティブファンドは高止まりしたまま。
・信託報酬の内訳はブラックボックス。ファンドによってかなり差がある。
・中には法定開示書類の印刷費用を別枠で徴収しているファンドも。コモンズ30ファンドやフィデリティの2つのファンドは、この別枠徴収を含めると手数料が基準値を上回る可能性があり、積み立てNISAの適格要件を満たさないかも。
・欧州では証券会社が提供する調査に関連するサービスの費用は運用会社負担とするルール(2018年~)なのに、日本では株式手数料に上乗せされている。
・このような「どんぶり勘定」はやめて、誰が何のためにどのようなコストを負担するのか、明らかにすべし。
アクティブファンドが十把一絡げに悪者にされるのはいつものことなのですが、少なくともなぜか名指しされているコモンズ30の手数料控除後のパフォーマンスが、積み立てNISAに入っている低廉なコストの日本株インデックスファンドを設定来のほとんどの期間で上回っていることには触れておかないと、フェアではないと思います。
コモンズ30 | TOPIX | 日経 | |
信託報酬(税込) | 1.08% | -(指数そのまま) | -(指数そのまま) |
トータルリターン1年 | 17.95% | 7.03% | 11.76% |
トータルリターン3年(年率) | 4.44% | 0.02% | 5.61% |
トータルリターン5年(年率) | 6.50% | 1.03% | 4.14% |
トータルリターン10年(年率) | 10.57% | 7.24% | 10.12% |
そもそも1%や1.5%に基準を設けることにどういう合理性があるとお考えなのかも気になるところですが、当記事に対して私が主張したいのは、「どんぶり勘定をやめたら、あなたたちが大好きなインデックスファンドの手数料は上がりますよ」ということです。
運用会社の決算書見たことありますか?
恐らくほとんどの方はないですよね。
全てのファンドの「請求目論見書」に記載事項として含まれていますので、誰でも見ることができます。
ここで、皆さん大好きeMAXIS Slimシリーズでお馴染みの三菱UFJ国際投信(以下、MUKAM)さんの令和2年3月期P/Lを見てみましょう。(数字は一部のみ抜粋)
(私もslim米国株は設定当初から保有していますので、やいやい言う資格はあると思ってチョイスしています。)
R2/3期 | 前期比 | |
営業収益(売上高) | 703億円 | ▲26億円 |
営業費用 | 447億円 | ▲21億円 |
一般管理費 | 127億円 | +1億円 |
営業利益 | 130億円 | ▲5億円 |
どうでしょうか?
130億も儲かっててすごいなーと思いますか?
俺たちが愛するあの素晴らしいSlimシリーズが絶好調なはずなのに、減収減益なんておかしいなーと思いませんか?
低コストインデックスファンドは儲からない
単純な話です。
折しも、Slimシリーズの残高が5千億円を突破したというニュースがありました。
では、ここからMUKAMさんが得ている利益はいかほどでしょうか?
最も売れ筋のSlim米国株の委託者報酬は0.034%、2番手のSlim先進国は0.0365%です。この2ファンドで5千億円のうち半分ちょっとを占めます。(純資産額連動部分は捨象します)
他のファンドは調べていませんが、この2つより少しは高いでしょうから、加重平均で0.05%と仮定しましょう。
すると、SlimシリーズからMUKAMさんが得る売上(利益ではありません)は2.5億円にすぎません。
これは直近残高ベースなので、前期決算に含まれる数字はこの半分くらいでしょうか。
残りの700億円以上は、他のファンドから得ています。昨年度中、MUKAM全体での純資産総額は概ね10兆円程度なので、全体の平均では0.7%程度の委託者報酬を取っている計算になります。いまや時代遅れの旧インデックスファンド(Slimと中身は同じなのにね)や皆さんのお嫌いなアクティブファンドで稼いでいるわけですね。
投信運用会社は装置産業?
「投信運用会社は完全固定費型ビジネスで、売上が増えても費用は増えないんだから、米バンガード社のように広く投資家の支持を得て純資産額が拡大すれば、きちんと儲かるはずだ」という主張があります。
概ね正しいと思いますが、見過ごしてはいけないのが、インデックスベンダーに支払うライセンス料です。
例えばSlim米国株であれば、S&P500というインデックスを作っているS&P global社に、純資産額に応じたライセンス料を払う必要があります。つまり変動費です。
ライセンス料率は恐らく開示されておらず見つけることができませんでしたが、虎の子の0.034%のうち、0.01%くらいは払わなければいけないのではないでしょうか。
余談ですが、S&P global社はこのインデックス提供ビジネスで年間1千億円くらいの収入を得ています。このビジネスの営業利益率は68%だそうです。S&P500なんかやめてこっちに投資したらどうですか?上場してますよ。
それ以外のコストは概ね固定費だと思いますが、Slimシリーズが1兆円まで成長したとして売上は5億円、10兆円になっても50億円です。
前期で570億円かかっている費用をSlimだけで賄って利益をあげるのは難しそうですね。
もし、冒頭の記事が主張するように、各ファンドのコストを透明化して、各ファンドの受益者が、そのファンドを運用するのに必要なコストを負担することにすると、Slimシリーズに代表される低コストインデックスファンドの信託報酬は跳ね上がると思います。
残高が増えれば低コストでも儲かるようになるんだから、段階料率にすればいいじゃないかって?
残高が数百億円超えるくらいまでは少なくとも1%は取ることになると思うんですよね。根拠はありませんが、ファンドを1つ運用するのにまあ2~3億円はかかるんじゃないかと思います。
そんなインデックスファンド、いまどき誰が買うんですか?
もう、やめにしませんか?コストの話
私は何もMUKAMさんを批判したいわけではありません。
企業として利益を上げるのは当然ですし、本質的に差別化が難しい大手金融機関にあって、工夫を重ねてビジネスモデルを築き上げていらっしゃるのは素晴らしいと思います。
低コストのインデックスファンドが広く人口に膾炙している現状は素晴らしいと思いますし、このような環境を築き上げてこられた先人たち(運用会社さん、投資家さん、ブロガーさん、メディア(?)…etc)にはリスペクトを払うべきだと思います。
でも、もう行き尽くしたのです。
Slimの手数料はこの先まだ下がるかもしれませんが、残り0.088%(販売会社等報酬含む)です。ひょっとしたらゼロになるかもしれませんが、マイナスになることはありません。
そして、現時点ですら既に、それは別のところであなたではない誰かが(ひょっとしたらあなた自身が、かもしれませんが)、あなたの分もコストを負担してくれているから実現しているのです。
それはあなたが望む、正しい資産運用の世界ですか?
投信の手数料を語るとき、運用会社のビジネスモデルにまで思いを馳せた批評が、果たしてどれだけあるでしょうか?
既に十分低い手数料に対して、単に「手数料下げろ」だけでは、ユスリタカリの類と大差ありません。
もう、十分じゃないですか。黙って低コストファンドの恩恵に浴しましょう。
少なくとも、酔狂な人間が趣味で買っているアクティブファンドのことは、そっとしておいてほしいものです。
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